今後どうなる? 徒競走と組体操
2016.08.18
「手つなぎゴール」はあった!?
昭和60(1985)年11月~12月、ベネッセ教育総合研究所が全国の小学校に行った調査(有効サンプル数1,113)では、「種目実施上の配慮と工夫」について質問しています。言い換えると、「運動会ではどういうことを気にして、どんな工夫をしているか」ということで、全国の小学校の教務主任や体育主任の先生がこれに回答しています。
その結果、「徒競走」については、「同じくらいの走力の子同士で走らせる」63.8%、「結果があらわにならないような工夫をしている」43.7%、「速かった子何人かに賞品を出す」19.7%、「速かった子何人かに賞状を出す」19.6%でした。
平成8(1996)年頃、「ゆとり教育」の象徴として、「手つなぎゴール」をマスコミが取り上げたことで話題となり、国会で取り上げられるなどの社会問題となりました。
「手つなぎゴール」とは、運動会の徒競走で順位をつけないために、ゴール手前で全員立ち止まり、手をつないでゴールさせるという指導です。このとき「手つなぎゴール」とともに槍玉に上がったのが、「全員主役の学芸会」で、これは学芸会で主役になるのが一人だけというのは不公平だとする保護者のクレームに対して、園や学校の苦肉の策として行ったのが、子どもたち全員を主役にした劇や学芸会です。
その後、「ゆとり教育」が批判されるとともに、「手つなぎゴール」や「全員主役の学芸会」が行き過ぎた平等教育による誤った指導法ととらえられるようになり、実際に行っていた園や学校側からの証言は出にくい状況となっています。
このため、最近では、「『手つなぎゴール』は経験したことがないし、見たことも聞いたこともない」「『手つなぎゴール』は実際にはなかった。ツチノコのような都市伝説」とまで言われるようになりました。
しかし、この調査では、ゆとり教育が開始されて5年たった昭和60(1985)年当時、やはり全国の小学校の43.7%で、徒競走で「結果があらわにならないような工夫」をしていたことがはっきりわかります。
「手つなぎゴール」があったかどうかは明らかではないのですが、1位、2位といった着順がわからないようにしていたことは確かでしょう。
「同じくらいの走力の子同士で走らせる」ことも6割の学校が行っており、1位とビリの差が目立たせないようにすることが普通に行われていたようです。
この調査レポートでは、
「速かった子に商品や賞状を出す学校は2割と、きわめて少なくなっている。特定の子どもを運動会のヒーローとしてもてはやすのは教育的に問題があるという判断が働いているのだろう」
と解説しています。
今も運動会で「徒競走」は行われていますが、賞品や賞状を1位~3位の子どもに渡したり、「一等」「二等」と書かれた等旗の下に並ばせたりなどの光景はもはやほとんど見られなくなりました。
「組体操」は見直し・中止の動き
子どもたちが集団で身体を組み合わせて形を作る「組体操」。
四つんばいになった子どもが次々と上に重なっていく「ピラミッド」や、肩を組んで立った人の上に人が立つ「タワー」など、見た目の華やかさから、運動会のメイン種目にする学校も多いようです。
ところが、ここ10年でピラミッドやタワーの規模が大きくなる傾向にあり、小学校で9段、中学校で10段、高校では11段という巨大ピラミッドが目撃されています。
また、「組体操」はこれまでは小学校高学年以上が行う種目だったのですが、最近では幼稚園の運動会で行うところが出てきました。
こうした組体操の「巨大化」と「低年齢化」にともない、組体操による事故が多発していることが、平成26(2014)年5月より問題になっています。
この問題を提起したのは、名古屋大学大学院教育発達科学研究科の内田良准教授。ヤフーニュースの連載「リスク・リポート」で20回にわたり「組体操リスク」を取り上げました。
「ピラミッド」の場合、土台となる子どもには相当の重量がのしかかります。たとえば、小学6年生の子どもたちが7段のピラミッドを完成させた場合、最下段の子どもには2.4人分(およそ92~94kg)の重量が背中に乗ることになります。
「タワー」では、3段で高さ2m、5段になると高さ4mに達し、障害が残るような重大事故が「ピラミッド」よりも多く発生しています。
組体操では、誰か一人でも支えきれないと、全体が崩れ落ちて、大事故になりかねません。演じるのが難しい内容であればあるほど、子どもたちにかかるリスクは相当なものとなります。
過去には重大な事故が複数起こっており、1969~2014年度の46年間に、組体操による9人の死亡事故と92人の後遺障害が発生しています。
平成26(2014)年度には、全国で8,516件(小学校6,289件、中学校1,865件、高校362件)の負傷事故が発生しました。このうち「タワー」が1,241件、「ピラミッド」が1,133件でした(日本スポーツ振興センター『学校管理下における各種事故の報告資料』より)。
内田准教授は、
「組体操には『感動』や『一体感』を得る教育的効果があると指導教員の多くが主張している。学校だけでなく、保護者や地域住民も、子どもたちの組体操に涙して拍手喝さいを送っている。子どもが危険でむごい扱いを受けているのに、組体操が『教育』として行われていることで、リスクが見えなくなっていることが重大な問題」
と主張。
「『安全な組体操』の実現に向けて」とする署名活動を行い、2万人を超える署名を集め、馳文部科学大臣(当時)に「学校管理下における重大事故を考える議員連盟」の要望書とともに提出しています。
こうした動きを受け、平成27(2015)年6月、文部科学省は全国の教育委員会に、組体操での事故防止の対応を求める通知を出しました。
その後、以下の自治体では、平成28(2016)年度より組体操に対する規制を設けています。
・大阪市、福岡市……「ピラミッド」、「タワー」を禁止。
・東京都……都立学校で「ピラミッド」、「タワー」を原則として休止(区市町村立の小中学校では、各教育委員会が対応を決める)。
・千葉県柏市、流山市、野田市、松戸市……小中学校での組体操を全面中止。
・愛知県、名古屋市、神戸市、岡山市……組体操の段数を制限。
しかし、現在このような規制を設けているのは、一部の自治体、教育委員会、学校に留まっています。
組体操は文部科学省が定める学習指導要領には記載されていない種目であり、必修ではありません。
カリキュラムにはない組体操に、なぜ子どもたちが多くの練習時間を費やして、危険と隣り合わせで行わければいけないのか。
組体操の肯定派も否定派も、その意義を問い直す必要があります。
(参考)
ベネッセ教育総合研究所|1986年度 VOL.6-6運動会(全国調査)